はじめに
生成AI(Generative AI)の進展は、企業の業務効率化や競争力向上に大きな影響を与えています。2023年春に実施された調査によれば、日本国内の企業における生成AIの認知度は低く、導入が進んでいない状況が浮き彫りになっていました。しかし、わずか半年で状況は劇的に変化し、多くの企業が生成AIの活用を進めています。この背景には、G7広島サミットにおけるAI関連の議論や、フェイクニュース問題の拡大といった、社会的な動向が大きく影響していると考えられます。
この変化を受けて、PwCコンサルティング合同会社のデータアナリティクスチームは、2023年秋に改めて「生成AIに関する実態調査」を実施しました。この調査では、生成AIに対する企業の認知度や活用の進展、直面する課題が分析されており、今後企業がどのように生成AIと向き合うべきかの示唆が得られています。
本記事では、この調査結果を基に、日本企業が生成AIの活用において直面している現状と課題、そして今後求められる対応について解説します。
1 日本企業における生成AI活用のモチベーションは「他社に負けないこと」
2023年秋の調査結果によると、生成AIを「全く知らない」と回答したのはわずか4%に過ぎず、前回の調査から認知度が大幅に向上しました。また、生成AIを何らかの形で活用した経験があると回答した人々が73%にのぼり、さらに87%が社内外での生成AIの活用やその検討を進めていることがわかりました。この急速な成長の背景には、企業間競争が影響しています。調査では、生成AIに対する主なモチベーションは「他社に負けたくない」という危機感からくるものであり、競合他社に対する脅威が、企業の生成AI導入を加速させていると指摘されています。
特に、生成AIのユースケースとしては、文章生成や要約といったテキスト生成系の活用が主流であり、業務の効率化を目指す企業が多いようです。一方で、画像、動画、音声の生成、プログラムコード生成など、多岐にわたるユースケースが存在しており、今後もさらなる広がりが期待されます。
企業が生成AIを導入する際の大きな理由は、競争に負けないためであり、この動向がビジネス全体の大きな潮流となっています。競合他社に先を越されることへの恐怖が、生成AIの迅速な導入を促していると言えるでしょう。
2 今後1年間が「生成AI活用による成果」が最も問われるタイミングとなる
生成AIは、2023年の「実現性検証」の段階から、2024年には「本格導入」フェーズへと移行します。2023年秋の調査結果によると、企業の43%が2024年3月までに本格導入を予定しており、58%が今後1年以内に導入を検討しています。この変化は、生成AI技術の進展により、企業が投資対効果を明確に示すことが求められる時期を迎えていることを意味しています。
生成AIに対する企業の期待は、もはや単なる効率化にとどまらず、業務プロセス全体を改革し、新たなビジネス価値を創出することにあります。このため、多くの企業は生成AI導入に向けて、数億から数十億円規模の予算を確保し、実際の成果を追求する姿勢を示しています。
特に、生成AIの活用によって新たな事業機会や顧客体験の向上を目指す企業が増加しており、今後の1年間は、生成AIの導入による成果が問われる重要な時期となるでしょう。
3 もはや生成AI活用と無関係な業界は存在しない
生成AIの導入は、もはや特定の業界に限られた話ではありません。今回の調査で明らかになったように、生成AIの活用は業界を問わず広がりを見せています。前回調査では生成AIへの関心が低かった業界でも、現在では積極的に推進が進んでいる例が多く、各業界が生成AIの可能性を探っています。
特に、テキスト生成に加えて、画像、音声、動画、プログラムコードの生成など、幅広いユースケースが生まれており、業務内容に合わせた生成AIの導入が進んでいます。業界によっては生成AIの活用が進んでいない分野もありますが、技術のマルチモーダル化により、生成AIのユースケースは今後さらに増えることが予想されます。
特に注目すべきは、製造業や小売業、物流業など、従来テクノロジーの導入が遅れていた分野でも、生成AIが導入され始めていることです。これにより、AIと物理的な業務の融合が進み、業界全体の革新が加速する可能性があります。すでに生成AIのユースケースが創出されている業界では、競争優位性を保つために、生成AIの導入と活用が不可欠なものとなっています。
4 生成AI活用に求められているのは「高度なテクニカルスキル」ではなく「基本的なAIリテラシー」
生成AIを効果的に活用するために、専門的なプログラミングスキルや高度なAIの知識は必須ではありません。むしろ、企業が直面する主な課題は、基本的なAIリテラシーの欠如にあります。今回の調査でも、生成AIを導入する上で最も大きな障害として挙げられたのは「必要なスキルを持つ人材の不足」であり、ノウハウが足りないため、導入が遅れている企業が多いことがわかりました。
生成AIの普及に伴い、AIの基本的な理解が求められる場面が増加しています。特に「ハルシネーションリスク」と呼ばれる、生成AIが誤った情報を生成してしまうリスクが存在するため、技術的な仕組みを理解した上で活用するリテラシーが重要となっています。企業が生成AIを効果的に活用するためには、技術の専門家に頼るだけでなく、社員全体のAIリテラシーを向上させる取り組みが急務です。
PwCの調査でも、AIリテラシーの向上が企業全体の生成AI活用を進めるためのカギとなることが示されており、今後はリスキリングや外部人材の活用を通じて、社内のAI理解を深めることが求められます。
5 生成AI活用推進に向けたPwCの4つの提言
生成AIがもたらす変革の波に遅れを取らないために、企業は迅速に行動する必要があります。PwCの調査に基づき、生成AIを効果的に活用するための4つの提言が示されています。まず第一に、企業は生成AI市場への参入方法やビジネス課題の解決手段を早急に検討し、実行に移すことが求められます。特に、生成AIによる既存業務の効率化だけではなく、新たな価値創造に焦点を当てるべきです。
次に、生成AIの導入に際しては、社内外の人材リスキリングを含む長期的な戦略が重要です。人材不足が生成AI活用の大きな課題であるため、企業はAI技術を理解し、適切に活用できる人材を育成し、外部の専門家の力を借りる必要があります。
さらに、生成AIを活用できる領域を見極め、そのための業務プロセスの再設計が求められます。単に技術を導入するだけでなく、生成AIのガバナンス体制を構築し、ビジネスに適した形でAIを活用することが重要です。
Facts | Opinions | Recommendations | ||
1 | 4分の3の回答者は競合に出遅れるリスク、新規競合の参入リスクを感じている。 | 「業界内で競合に後れを取らないため」「他社より劣勢にさらされないため」など、既存ビジネスの範囲で「他社に負けない」ことが生成AI活用のモチベーションになっていると推察。 | 日本企業が生成AIを活用して世界で勝つためには、既存業務効率化だけでは不十分であり、生成AI特有の価値創造を実現することが重要である。 | |
2 | 62%が、生成AI活用の課題として「必要なスキルを有する人材不足」と回答。求められるスキル・情報は「AI技術全般の理解」「生成AIの技術動向」がそれぞれ最多。 | 生成AIの民主化によって専門家以外にも活用の門戸が広がったと推察。また、効果的な活用のためには、技術的な理解などのAIリテラシーの重要性も高まったと考えられる。 | 生成AIのユースケース検討と並行して、社内人材のリスキリングや外部人材活用が急務。職階や役割を問わず、全従業員が基礎的な技術とビジネスを理解したビジネストランスレーターを目指すことが重要となる。 | |
3 | 生成AI活用が進む業界では、画像・音声やアイデア検討など幅広い活用が検討されている。一方で、配送や物流などのフィジカル領域、品質管理や財務経理などのリスク管理の意識が強い職種では、相対的に活用が遅い。 | 多くのユースケース創出やAIのマルチモーダル化が進み、もはや生成AI活用と無関係な業界は存在しない。ただし、職種によってはサイバーとフィジカルの融合や導入リスクの解消などの固有のハードルが存在。 | 生成AIにおいては「適用できるのか」ではなく「どう適用するか」の問いが重要。また、生成AIの技術単体ではなく、他技術との組み合わせやガバナンス体制の組成、業務プロセス整理なども併せて議論すべき。 | |
4 | すでに導入済みの回答者を含め、58%が今後1年以内の生成AI導入を予定している。 | 現在の「実現性検証」の段階と比べ、今後は「生成AI活用による成果創出」がこれまで以上に重視されるようになると想定。 | 今後半年~1年間は、人材の育成・ベストプラクティスを共有するコミュニティ組成などに取り組み、業務プロセス全体を考慮した活用など、効果の最大化にも力を入れていくことが重要。 |
今後半年~1年間は、人材の育成・ベストプラクティスを共有するコミュニティ組成などに取り組み、業務プロセス全体を考慮した活用など、効果の最大化にも力を入れていくことが重要。